名古屋地方裁判所 平成2年(わ)1395号 判決 1991年7月03日
国籍
韓国(慶尚南道三千浦市竹林洞五九三番地)
住居
名古屋市守山区天子田一丁目七〇九番地
会社役員
山本義男こと姜仲弘
一九二八年一一月一六日生
主文
被告人を懲役二年及び罰金五〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、名古屋市守山区天子田一丁目七〇九番地に居住し、継続して有価証券の売買を行うことなどにより所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自ら開設した妻名義の株式取引口座を使用して取引を分散するという不正な方法により所得の一部を秘匿した上、
第一 昭和六二年一月一日から同年一二月三一日までの間に、実際所得金額が七一一二万九六九一円、分離課税による短期譲渡所得が五〇四〇万九八六五円、同長期譲渡所得が二二八六万四七四五円あったにもかかわらず、右所得に対する所得税の確定申告期限である昭和六三年三月一五日までに、名古屋市北区清水五丁目六番一六号所在の所轄名古屋北税務署長に所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって、右不正の行為により、昭和六二年分の所得税七一三二万六五〇〇円を免れ、
第二 昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの間に、実際所得金額が四億三三七九万二一四六円あったにもかかわらず、右所得に対する所得税の確定申告期限である平成元年三月一五日までに、前記名古屋北税務署長に所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって、右不正の行為により、昭和六三年分の所得税二億四九五七万五八〇〇円を免れ、
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書二通及び大蔵事務官に対する質問てん末書(九通、検察官証拠請求番号乙1、3、4、5、6、7、14、15、16)
一 成未順の検察官に対する供述調書
一 成未順(三通)、塚嶋晃(二通)及び本地鋼逸の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料、査察官調査書(七通、甲5、6、7、8、9、11、12)及び証明書
(二通、甲23、25)
判示第一の事実について
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(乙2)
一 竹山鉦二こと裴鐘達、小川正啓、大熊悟、石黒哲彦及び崔昭昌の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲2)及び査察官調査書(甲10)
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲3)
(法令の適用)
一 罰条及び刑の選択(判示各事実)
所得税法二三八条一項、懲役刑及び罰金刑選択情状により所得税法二三八条二項
二 併合罪の処理
刑法四五条前段懲役刑につき刑法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に判定加重)罰金刑につき刑法四八条二項
三 労役場留置(罰金刑)
刑法一八条
四 執行猶予(懲役刑)
刑法二五条第一項
(量刑の理由)
本件ほ脱税額は、二年度分合計約三億二〇九〇万円と極めて高額であり、ほ脱率も一〇〇パーセントである。犯行の動機は、基本的には、せっかく上げた利益から税金を払いたくないということであり、納税意識はまったく欠いた態度によるものである。被告人は、経営する会社の負債の返済や所属している韓国民団での活動資金のためであった旨供述するが、格別酌量すべき事情ではない。このような脱税行為は、大多数の善意の納税者の納税意欲を阻害し、社会に与える悪影響が大きいだけでなく、誠実な納税者の不利益において不当に利得するという反社会的な犯行であって、被告人の刑事責任は重い。
しかし、本件における所得秘匿工作は、自ら利用している証券会社の支店に同居の妻の名義で株式取引口座を一口開設して取引を分散したというもので、妻との共謀もなく、秘匿工作としては単純で比較的容易に発覚しうるものである。また、被告人は、昭和六〇年に株式取引を始め、昭和六一年六月に妻名義の口座を開設したもので、本件同様の脱税行為を反復継続していた訳ではない。更に、被告人は、借入金や土地売却益から株式取引に相当の投資をし、取引による利益もその多くを株式取引に再投資して他に利用せずにいたところ、本件後の株式取引において相当額の損失を受けている。本件にかかる本税、延滞税、重加算税の大半と市県民税の合計約四億四〇〇〇万円は支払済みであり、残る約一億一〇〇〇万円も今後支払われる見込みであるが、被告人はこのために所有地や株式を売却し、多額の借入もしている。したがって、現時点における被告人の罰金負担能力には厳しいものがある。
そして、このほか、被告人には交通違反以外の前科として二〇年ほど前までのものがあるが、その後は真面目に仕事に打ち込んできたこと、被告人が反省していることなどの事情もある。
以上の点を総合考慮すると、懲役刑については執行を猶予し、罰金額については主文のとおり定めるのが相当である(求刑 懲役二年及び罰金七〇〇〇万円)。
(検察官城正憲、弁護人高山光雄、同増田聖子 出席)
(裁判官 半田靖史)